CHIOS島の朝≪十月十六日≫ ―壱―なかなか夢の中へという訳には行かなかったようだ。 一匹の蚊に、腹をたてバッグの中から蚊取り線香を取り出したおかげで、 一冊の本に目が止まった。 その本をパラパラと読んだおかげで、急にこれからの予定が頭の中を駆け 巡ったのだ。 眠れないのを無理に寝ようとする事は、良くない事だと分っているの で、眠れない時には、無理して眠らない方が良い・・・と、自分に言い聞 かせて眠らず起きている事にした。 一冊の本と言うのが、東京で購入して、旅に出て一度も目を通した事が 無い、外人が日本人旅行者のために書いた”イギリス遊学の旅”と言う小 冊子だ。 こうなると、どうしても予定を変更しなければならなくなってきた。 アジア縦断をほぼ完遂した今、急に「俺はイギリスに行かなければ、俺の 旅は終らないと・・。」と言う思いが駆け巡ってきた。 もうひとつの旅が、ヨーロッパと言う漠然としたものではなく、イギリ スなんだと考えるようになっていたのだ。 冬のヨーロッパそして、イギリスは雨が多く、寒く暗い日が続くと言う。 ココまで来たら、イギリスだろう。 これまでの、我武者羅な旅から、何か人生を考える旅への転換。 そう思ったら、明け方近くまで起きていたように思う。 一応、ピレウスに入る計画を立ててみる。 十月は、火曜日・木曜日・金曜日・日曜日の週に四日、この港からピレウ スに向けて出航する。 このCHIOS島に四日ほど宿泊して、十九日の夜島を出て、ピレウスには二十 日の朝到着すると言うものだ。 アクロポリスの丘の無料入場日は、木曜と日曜日なので、パルテノンに は二十 一日に登る事にする。 ・・・・・・・・しかし、この計画はすぐに変更される事になる。 もうココはギリシャなのだ。 一日5$の生活費を維持しない限り、帰りにタイに立ち寄る事は難しくなっ てきそうだからだ。 金が尽きると、日本到着が何ヶ月も早くなってしまう。 計画と言うやつは、立てないと困るし、立てたところでなかなか思うよう には、事は運ばない事が多い。 それが又、面白い野田から。 * 窓からは外の様子がまるで見えない。 窓が無いのだ。 時計は相変わらず、5時で針を止めたまま動こうとはしない。 怒る訳ではないのだから、そう意地を張らなくても良いと思うのだけど、 朝になるとまるで俺を困らせようとでもするかのように・・・、困らせる 事によって、毎日俺の注意を引こうととする、駄抱っこのように決まって 動かないのだ。 もうすでに、新しい一日が終わってしまったかのように思った。 外に出て、それを確かめるのがちょっと怖いような気もして、ベッドの上 でボンヤリしているのである。 そんな事が、実に馬鹿げた事だと思うまでに、少しの時間を要したのであ る。 何とも言えず、一日の中で素晴らしく輝く一時でもある。 外に出て、太陽がまだ中天でノロノロしているのを確かめて、何か一安 心している自分を見ている。 今日もあの素晴らしいエーゲ海が、太陽の陽射しを反射して輝いて見え る。 一階にいるおじさんに挨拶をする。 俺 「おはようございます。」 おじさん「よう!若いの!やっとお目覚めかね。」 俺 「・・・・・。」 おじさん「太陽はもうとっくに、真上にあるがのうー!」 おじさんは相変わらず、ニコニコしている。 もうすでに昨日の夜、奇麗に片付けられていたはずのイスやテーブルが、 無造作に並べられている。 そこに、年老いた数人の老人達が、イスに座りお茶を啜っている。 「わしゃ!なんと言っても、お茶を何時間もかけていただくの が、生きがいなんじゃよ!」 「オッ、日本の若いの、こんな町に何しに来たんじゃ!」 そう語りかけているかのように笑っている。 * チケット売り場で船のチケットを購入。 ピレウスまで、265DR(≒2120円)。 昨日の二人は、400DR(≒3200円)と言っていたから、個室だったんだろう な。 眠るだけなのに、勿体無い事だ。 俺のチケットは、一番安いデッキ料金。 それも17日、つまり明日のチケットを買ってしまった。 大きな買い物をして、昨日両替したDRが乏しくなり、隣の銀行で再度マ ネー・チェンジする。 この町に相応しくない程立派な銀行だ。 カウンターに行くと、すぐ日本人と分るようで、うちの銀行は、東京にも 事務所があるんだと言うように、パンフレットを持ち出してきた。 銀行「ホラ、ここに載っているでしょ。」 俺 「本当だ。」 両替を済ませると。 銀行「また来なさい。」 俺 「あっ、ハイ!」 昨晩入ったレストランは、この岸壁から少し入った所にある。 公衆便所もその近くにあるらしいのだが、ちょっと分りにくいらしく、 まだ見つけていない。 レストランに再度顔を出すと、昨晩の事を覚えていたのか声をかけてき た。 シェフ「いらっしゃい!おや、友達はどうしたのかね。」 俺 「二人共、昨晩ピレウスへ行っちゃった。」 シェフ「そうかい、今日は一人かい。」 ニコニコと話し掛けてくる。 午後は広場に出た。 広場には、石畳が敷かれていて、道路脇には高い木が数本植えられてい て、強い陽射しを避けられるようになっているようだ。 その木の下には 、テーブルが10卓ほど乱雑に置かれている。 飲み物などの注文は、道をはさんだカフェテラスから運ばれてくるらし く、イスに腰掛けるとすぐ、注文を取りにやってくると言う算段になっ ている。 イスの大半はもうすでに、人で溢れていたが、誰も座ろうとしない、 日のあたるテーブルに陣取った。 日光浴をしながら、のんびりと読書としゃれる。 広場を、青い制服を着込んだ、女学生達が大きな声をあげながら通り過 ぎていく。 「あらっ、日本人よ!ちょっと見て!」 「本当だ!」 などと、話をしながらこちらの方を見て笑っている。 ジャンル別一覧
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